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福岡高等裁判所 昭和39年(け)3号 決定 1964年6月16日

主文

本件異議申立を棄却する。

理由

本件異議申立理由の要旨は、申立人は申立人に対する逮捕被告事件について、上訴裁判所であつた福岡高等裁判所に、控訴審において生じた上訴費用の補償請求をなしたが、同高等裁判所は、昭和三九年四月二四日「申立人の請求は当該控訴を棄却する裁判の告知があつた昭和三七年四月一一日の後、刑事訴訟法第三七〇条第二項所定の二箇月以内である同年六月一一日までの提起期間を経過してなされた不適法なもの」として、申立人の請求を棄却した。しかし同条第二項の規定は、控訴審において検察官の控訴を棄却する旨の裁判が言渡されて、上告の申立がなく又は上告の取下があつて、該裁判が確定したような場合には、その文言のまま適用されるであろうが、検察官の控訴を棄却する裁判に対し、検察官が更に上告の申立をなし該裁判が確定しなかつた場合には、その文言のまま適用されるものではない。すなわち、かかる場合には、控訴審における上訴費用の補償請求をなすべき期間は、検察官の控訴を棄却する裁判の告知があつた後二箇月以内ではなく、上告棄却の裁判の告知若しくは上告の取下があつた後二箇月以内と解釈すべきである。ところで本件は検察官の控訴を棄却する旨の裁判が宣告されて後、これに対し更に検察官が上告の申立をなし、控訴棄却の裁判が確定しなかつた場合に当るので、前記刑事訴訟法の解釈上、控訴審における上訴費用の補償請求の期間は、上告棄却の裁判が宣告された昭和三九年三月一〇日の後、二箇月以内として処理さるべきであつて、原決定は、この点において右規定の解釈適用を誤つた違法があるからこれが取消を求めるため本件異議申立に及ぶというのである。

よつて一件記録を調査すると、申立人に対する逮捕被告事件について、昭和三六年七月一四日福岡地方裁判所において、無罪の判決言渡があり、検察官のみが控訴の申立をなし、昭和三七年四月一一日福岡高等裁判所において、控訴棄却の判決言渡があり、更に検察官は、上告の申立をしたが、昭和三九年三月一〇日最高裁判所において、上告棄却の裁判の宣告があつて、第一審の無罪判決は確定するに至つたこと並びに申立人は、昭和三九年四月七日右被告事件の上訴裁判所であつた福岡高等裁判所に、控訴審において生じた上訴費用の補償請求をなしたところ、同高等裁判所は、これに対し昭和三九年四月二四日、申立人の請求は、当該控訴を棄却する旨の裁判の告知があつた昭和三七年四月一一日の後、刑事訴訟法第三七〇条第二項所定の二箇月以内である同年六月一一日までの期間を経過し請求権消滅後になされた不適法なものであるとして、右請求を棄却する旨の決定をなしたことが明らかである。ところで刑事訴訟法第三六八条が、「検察官のみが上訴をした場合において、上訴が棄却されたとき、又は上訴の取下があつたときは、国は、当該事件の被告人であつた者に対し、上訴によりその審級において生じた費用の補償をする。」と規定したのは、憲法上迅速な裁判を受ける権利を保障された被告人に対し、検察官のみが上訴をし、その上訴が不当であつた場合には、国が、その上訴に要した費用を補償することとしもつてその利益の保護をはかつた一種の国家補償の制度に外ならぬものというべきである。従つて右の趣旨並びに同法第三七〇条第二項に「当該上訴を棄却する裁判の告知があつた後二箇月以内に請求しなければならない」とある文言に徴すると、控訴棄却の裁判が更に検察官の上告申立により確定せず、その後上告審において検察官の上告申立が容れられ確定したとしても、一旦検察官の控訴を棄却する旨の裁判があつた以上、本条により国に補償義務を生ずるものと解すべきであるのみでなく、控訴棄却の裁判に対し、未だ上告棄却の裁判又は上告の取下がなく、これが未確定の間においても、当然に同様に解すべきであるといわなければならない。

してみると、本件において、申立人は控訴審である福岡高等裁判所において、控訴棄却の裁判の告知のあつた昭和三七年四月一一日後、二箇月以内である同年六月一一日までに、本件請求をすべきであつたのにもかかわらず、事ここに出でず、右期間を経過した昭和三九年四月七日に至り、はじめて、これが請求をなしたものであるから、申立人の本件請求は、請求権消滅後になされた不適法なものとして、これが棄却を免れず、従つてこれと同趣旨に出で申立人の本件請求を棄却した原決定は、まことに相当であつて違法のかどはないので、本件異議申立は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四二八条第三項、第四二六条第一項に則り、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡林次郎 裁判官 天野清治 平田勝雅)

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